§ご挨拶
こんにちは。アオポンです。
今日は人間の本質は神の分霊であるということについて書きます。
§人間の本質は神の分霊である
シルバーバーチは次のように語ります。
あなたは永遠の霊的存在であり、全大宇宙を支えている生命力、全天体を創造し、潮の干満を支配し、四季の永遠のめぐりを規制し、全生命の成長と進化を統制し、太陽を輝かせ星をきらめかせている大霊の一部なのです。その大霊と同じ神性をあなたも宿しているという意味において、あなたも神なのです。本質において同じなのです。程度において異なるのみで、基本的には同じなのです。それはあらゆる物的概念を超越した存在です。すべての物的限界を超えております。あなた方の想像されるいかなるものよりも偉大なる存在です。(シルバーバーチの霊訓 (五) p.36)
シルバーバーチは人間は神(大霊)の一部であると説きます。別の言い方をすれば、人間は神の分霊であるということです。
無限の神からその一部が分かれて私たち人間の霊が作られたということです。
その霊は神の性質と同じものなので、永遠に存在し続けます。
肉体に死が訪れても、霊は永遠に生き続けるのです。
何千年、何万年、何億年と霊は生き続けます。
地上生活は永遠に生きる霊の生活の中のほんのわずかな時間の生活でしかありません。
霊界での生活が神の分霊である我々のメインとなる生活場所なのです。
また、その霊は神の無限の創造力を有しているので、様々なものを創造することが出来ます。
人間が車を創ったり、家を創ったりできるというのは、この神の創造力を分霊が有しているからです。
私たちはミニチュアの神なのです。
私たちがその気になれば、できないことは本来ないのです。
病気だって治せるし、空だって飛べるでしょう。
けれども、今それが出来ないのは、私たちの霊性がそこまでの発達段階に至ってないということです。
将来人類の霊性がもっと発達したら、病気のない社会、人間が宙に浮くこともできる社会が来るかもしれません。
実際に今現在でもヨガの行者などは瞑想が深まると宙に浮くことが出来る人もいるようです。
ただ、人類全体がその域に達するのはまだ何千年と先かもしれません。
私たちが神の分霊であり、神の性質を備えているのに、現実社会でなぜこうも争いが絶えなかったり、不幸があったりするのかというと、私たちの我(が)が邪魔をしているからです。
本質的には完全な光も鏡が汚れていたら、その完全性を発揮できません。
私たちの我は鏡に相当します。鏡が完全に磨かれていないので、神の分霊であるところの霊の完全性が発揮できないのです。
かがみから「が」をとると、かみになります。
なるべく我を張らずに生きていきたいものです。

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